electropicoの音楽三昧

サルサ・キューバ音楽を中心に ラテン~ワールドミュージックまで。

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JSCワークショップ:サルサの音楽とダンスの歴史

Japan Salsa Congressのワークショップに参加した。

【C-2】Albert Torres
Salsa History
(レクチャー形式)
アルバートは世界40数カ国のコングレス共催者であり、ESPN主催の世界サルサ選手権の主催者でもあります。ダンスに限らず、多くのサルサ ミュージシャンを育て、現在のサルサを育てた方です。今のサルサの盛り上がりは彼が作ったとの認識を世界中のサルサダンサーは持っています。サルサの歴史を音楽、ダンスで語ってもらいます。
ただし、一時間では語りきれないので一時間程延長の可能性が大きいです。他のレッスンと同時進行の方は御注意ください。日本のサルサDJ、サルサ 音楽に深い関心のある方は、ご参加ください。



サルサの一般的な音楽史は知っているつもりだが、それをダンスで語るのは聞いたことがなく、ダンス大会の親玉がダンスで語るのであれば、聞いてみたい、と思ったのだ。

会場のZepp東京に到着し、メインフロアを覗くと、ステージ、フロア左右の3つのダンスワークショップが開催されている。手前はルンバの振り付けだった。いいねえ、と思ったものだった。

アルバートのワークショップに割り当てられた部屋は、ほんの小部屋だった。椅子が15ほど並べられている。
JSCほどの大きな企画で、たったこれだけか、とめまいがした。

その部屋に10人ほど集まり、アルバートは、自分は専門家ではないが、と前置きして講座が開始された。

まず、サルサのルーツはどこか、という話題から入る。それは、キューバでもプエルトリコでもなく、アフリカだ、と。
奴隷貿易によって、人とともにリズムと宗教が新大陸に渡り、その後ダンソン、ソン、マンボと音楽が進化したこと。イグナチオ・ピニエロ、アルセニオ・ロドリゲス、ティト・ロドリゲス、チャノ・ポゾ、ティト・プエンテといったプレサルサ期のキーマンのエピソードを織り込みつつ、バラディアム期までのラテン音楽の歴史を1時間弱で語った。

つまり、ここでのサルサの歴史とは、サルサが誕生するまでの話だった。

そこで、70年代にサルサが生まれてからのダンスの歴史を質問してみた。

パラディアム=マンボ時代では盛装して、ラティーノだけで踊っていた。
キューバ革命以降、ニューヨークで独自進化せざるをえなくなったラテン音楽シーンでは、英語で歌うブガルーが流行り、黒人もリスナーに加わり、自由な1人踊りを踊るようになった。
そしてファニアの時代、サルサが生まれ、そこでは近隣バリオに住むユダヤ人やイタリア人も巻き込んで、(当初は)やはり自由に踊っていた。
その後時代を経て、今はオン1オン2キューバンだのといくつかのダンススタイルが確立されたが、一方で、当初あった自由さが失われている。歴史の根源にあるアフリカ性も忘れられがちだ。
だから、今、もう一度基本に立ち返るようにしたい。
こういう回答だった。

音楽の話でもダンスの話でも、70年以降の変化については全く端折られている。
サルサ誕生までの変化に比べれば、 それ以降サルサの内なる変化は些細だ、ということなのだろうか。

とはいえ、当初は生演奏で楽しむために、当然振り付けなどはせずにペアで踊っていたものが、振り付けして着飾って女性だけ・男性だけで音源を使ってパフォーマンスするのが目的化したのは間違いなく大きな変化であり、この「歴史」についてもチャンスがあれば意見を聞いてみたいと思う。

ともかく、彼の話は、サルサを細かい流派で分離させることなく融合させたい、そのためにバックトゥザベーシック、という意思と理解した。これには賛同したい。


彼は、いくつかの例を挙げながら、歌詞と曲の構造を理解することが重要だ、とも語った。
歌の意味を理解し、更に、その背景まで理解することが大事だ。DJが曲名も意味も知らないのはダメだ、と。これは耳の痛い話だ。

僕なりに解釈すれば、差別と貧困を背景として、遠いカリブから寒いニューヨークに出てきて望郷や日々の生活や恋愛を歌う演歌的側面を忘れないで欲しい、ということであり、また、悲しい歌詞を全く無視してぐるぐる回るのはこっけいだ、ということだろう。

余談だが、同日夜に音楽評論家の竹村淳さんと話す機会があり、たまたま歌詞の話になった。
彼の主張では、日本人が外国語を理解しない日本の観客に向けて外国語で歌うのはこっけいだ、せめてその歌の内容を解説するべきだ、というのである。
先のアルバートの意見と全くシンクロしている内容だ。

一方で、古今東西の音楽を「音」だけを媒介につなげていくDJ/クラブカルチャーでは、音楽背景の理解や歌詞の読解は、あるにこしたことはない程度の重要性と認識されるだろうし、そもそもどうやってその意味を伝えれば良いのだろうか。カラオケよろしく字幕流すなんてダサいだろうし、かなり難しい課題を出されてしまった。


ところで、質疑応答の中で来日公演の話題となった際、ジョージ渡部氏は『外国のバンドを呼ぶと赤字になる。だから呼ばない』と断言されていた。サルサダンスのファンはライブに行かない、というのは悲しい現実だが、未来永劫変わらないわけでもあるまい。サルサファンがライブの楽しさを知れば少しずつでも変わっていくと期待している。30日のスインゴサのライブで何人かはライブに目覚めてくれることを期待したい。
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テーマ:ラテン、ブラジル、ボサノヴァ、フォルクローレetc. - ジャンル:音楽

  1. 2011/10/30(日) 16:38:25|
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